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【大阪新世界】なぜ通天閣は町の人々に愛されているのか。

新世界のシンボル「通天閣」。
空高くそびえたつその高さと、独特の形状、ネオン看板で光り輝く姿が特徴的で、道頓堀のグリコの看板と共に大阪ミナミを代表する存在として有名です。テレビのニュースなどで、大阪を代表する景色として良く目にすることがあると思います。

ちなみに日本全国には、通天閣と同様、地域を代表するタワーがたくさん存在します。
(参考:全日本タワー協議会

それぞれのタワーが建てられた目的は、テレビの通信用アンテナ設置や、行政の記念事業など、タワーによって様々ですが、通天閣は新世界復興のシンボルとして建てられました。そのため、建設の背景には町の人々が深く関わっています。

現在、私たちが知っている通天閣は、実は2代目であり、戦後の1956年に建設されました。
町の連合会が中心となり、復興のシンボルとして再建を目指していましたが、建設には莫大な資金が必要でした。
タワーの建設には、大企業や行政などが元となり資金を出し合うのが一般的ですが、通天閣は新世界の町の人々が出資することで通天閣株式会社を設立し、再建が進められました。その後、広告スポンサーや施工会社が決まり、念願の通天閣再建が叶ったのです。

このように、地元の人々の想いが込められ建てられた通天閣。町の復興という想いに突き動かされ、再建に奔走した当時の人々が最初に見た2代目通天閣からの景色は、どのようなものだったのでしょうか。

大阪観光には欠かせない新世界のシンボル「通天閣」。その通天閣をWillows Hotelのお部屋でゆったりと眺めながら、町の歴史や町の人々の想いと繋がるひと時を、コーヒー片手に過ごしてみてはいかがでしょうか。

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